大判例

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東京高等裁判所 昭和37年(ツ)48号 判決

按ずるに、借家法第一条の二にいわゆる正当の理由の有無を判断するにあたり賃貸人において建物の使用を必要とする事情は相当に重視されてしかるべきであるけれども、賃貸人側の利害を重んずるの余り賃借人側の利害を軽視する結果となつてもよいというものでないことは固よりであり、当事者双方の利害関係その他諸般の事情を考慮し、賃貸借の終了を求めることが社会通念に照らし妥当とされるかどうかを判断してこれを決すべきものである。

原判決は上告人方の現住居が二畳、四畳半、六畳の三室を有することその他右住居の部分及び被上告人の賃借部分の構造並びにその使用状況等を確定した上、上告人方は上告人及びその子女二名より成る家族の住居として狭隘でその生活上及び子女の勉学上支障があるとの上告人の主張は本件解約申入当時の一般的住宅事情賃貸経過等に照らし是認できないが、同一建物内の本件係争部分において被上告人が飲食店営業をしていることによる騒がしさが上告人居住部分にも伝わつて来るであろうことはこれを肯定できるものとしていることは判文上明らかである。しかして原判決確定の事実に基き考えるに、上告人が正当の事由として主張するところのうち、その住居が狭隘に過ぎるとの主張の肯認し難いことは原判決の説くとおりであるが、被上告人の本件係争部分における営業が上告人主張の一家の安息の妨げとなり、子女の教育上の支障となつているとの点は、正当の事由の有無の判断にあたり斟酌さるべき上告人に有利な事情であることはこはこれを否定すべきでないと考えられる。

しかし原審は本件における具体的事情として、本件建物が国電新橋駅附近の烏森商店街に近い場所にありその附近には飲食関係の店舖が並んでおり、近傍の飲食店からの騒音も聞えて来る状態であつて、上告人はもと本件係争部分を店舖として飲食店営業をし、現在はいわゆる自前の芸妓稼業と小唄の師匠としての出稽古に従事しているが、本件建物の位置環境からして被上告人の飲食店営業を別としても上告人の住居は日常居住の場所としては恰好のものといえないこと、もともと本件係争部分は昭和二十五年十月頃上告人自身が飲食店営業のための店舖に改造し、それ以来右店舖は飲食店営業に使用されているものであること、上告人が右営業をやめ上告人の母斎藤りう(建物の前所有者)が右店舖を訴外大塚一雄(前賃借人)に賃貸した際上告人も立会人として契約書に署名しており、被上告人が右店舖において飲食店営業をすることについては斎藤りうにおいて異議なかつたものであること、その他被上告人方店舖に出入する客は生前貴族院議員であつた被上告人の亡夫の友人や知合あるいはその紹介を受けた人々等で他に女子従業員もおかず比較的喧騒にわたることのないものであつたこと等の事情を詳細に判示しているのであるが、これらの事情は被上告人の本件係争部分における飲食店営業が上告人方の生活に及ぼす影響を解約申入の正当の事由として考慮する場合当然参酌すべき事情と考えられるのである。

一方原判決の確定した被上告人側の事情は、被上告人は昭和十七年中夫と死別後亡夫の遺産によつて四人の女児を養育して来たが終戦後しばらくいわゆる売食いの生活を続けた上、昭和二十二年頃から菓子店もしくは飲食店の手伝をし、昭和二十七年五月頃から本件係争部分で飲食店を経営するに至つたこと、本件解約申入当時被上告人は既に女児四名のうち三名を嫁がせていたが、終戦後はとり立てていう程の資産もなく営業権譲受代金、店舖改装費等金二十万円を超える資本を投入した本件係争店舖における営業による収益だけが被上告人の殆んど唯一ともいうべき生活の手段であるというのである。

右事実によれば、被上告人が本件店舖の明渡によつてその生活に受ける影響は重大かつ深刻なものがあるというべきであり、前示原判決確定の諸事情をも考慮すれば、前判示の上告人側に存する事情をもつてしては解約申入の正当事由ありとするを得ないと解するのが相当であり、これと同趣旨の原審の判断は正当であつて、賃借人側の利害のみを重視し、賃貸人のそれを軽視したとの上告人の非難はあたらないと考えられる。論旨は理由がない。

(梶村 室伏 安岡)

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